
確か小学校5、6年生の頃でしたが、通っていた小学校が昭和初期に建てられた木造校舎から近代的な鉄筋コンクリートの校舎へ建て替えられました。
固めた雪を溶かして遊んだダルマストーブの代わりに、天井のダクトから温風が吹き出し、錆びの味がした水道の水は薬品臭い味に変わりました。
20数年前の子供の頃の事なのですが、今でも鮮明に覚えている事がもう2つあります。
当然活発な子供で校内を以前と変わらず元気に走り回っていたので、つまずいて転ぶ事がよくありましたが、木造校舎のときには何とも無かったのに新校舎では痛いのです。また、木製のガタガタだった雨漏りする窓はアルミのレバーロック式に変わり窓のスキマは完全に無くなったのですが、雨の日は窓も壁も結露で水が滴っていました。
今思うと、その頃から木の良さを感じていたのかもしれませんね。 |

バブル期の真只中、世界シェアトップの繊維機械メーカーに就職する事が出来、出張で何度か海外へ出る機会があったのですが、その時見た欧米の「家族中心の生活」「裕福では無いが豊かな生活」と言うものに感動しました。
残業時間が多い程仕事ができる社員と判断され、有給休暇で会社を休むなどもってのほか、そんな風潮のこの日本社会からは考えられないものでした。
また、就職した当時ではまだ少なかった週休二日制を利用して、会社の仲間と登山やキャンプ、マウンテンバイクのレースに夢中になり、自然の中で楽しむ時間が多くなりました。 |
20歳の頃、ログハウスの内見会に偶然通りかかり、初めてログハウスの住宅というものを見たのですが、それまでは別荘か山小屋としか考えていなかったログハウスが住宅として機能する、ということが解り、「もし将来家を建てるのであればログハウス」 と夢を抱くようになりました。
また、生まれてからずっと、両親が購入した建て売り住宅に住んでいたのですが、冬はこたつでジャンパーを羽織る程の断熱の低さで、おまけに壁は結露でカビだらけ。
自分と生まれた子供までアトピーだったものですから、30才の時、ログハウスに住む夢を実現させる為、それまでの趣味を一切やめ、家を建てる決心をしました。 |

ログハウスでの生活は想像以上で、壁自体が木の固まりで出来ているため特別な装置を用いなくても防音・防火・断熱・調湿の機能を持ち、木製サッシからは結露は皆無。木の熱の伝えにくさから夏涼しく冬は暖かいのです。
また、パチパチと燃える薪ストーブの炎と、ゆったりとした暖かさは、言葉では表現できないもので、私と子供のアトピーも良くなり、癒し効果で家族のイライラも減少し快適な生活を手に入れる事が出来ました。 |
『自分の夢をかなえる事ができたので、今度は誰かの夢をかなえたい。』そう想うようになりました。
後先考えずに退職、国内で修業した後カナダで取り引き先を探し、仕事をはじめました。 |
 |


自然志向、環境問題、リサイクル問題やシックハウス問題等で、消費者の地球環境に対する意識や健康への感心が高まってきています。
また、 生産物の廃棄、解体に多額の費用負担が必要となって来ている一方で価格破壊によって低価格の製品が市場を賑わしています。
しかし購入時に少々安くても耐用年数が短ければ結果的にコスト高になる上、廃棄物の量も多く環境負荷も高くなってしまいます。
そんな社会状況の中、使い捨ての文化はやがて終結し、数十年、更には百年以上の使用に耐えうる製品が求められてきています。 |

高度成長期が終わり、「仕事最優先」の時代から欧米のような「家族中心」の生活スタイルに変化して来ています。
また現代のストレス社会の中でリラクゼーションが求められています。木彩工房の提案する商品には、それぞれの素材の総べてにその効用が自然に備わっています。 |

高気密住宅が急速に普及していますが、化学製品に依存した住宅は、時代の流れに取り残されつつあります。
木材には断熱、調湿、防音、防火の性能が自らに備わっており、腐らせ無ければその耐久性は永久です。 |

薪は地球上で唯一の完全にリサイクルできる燃料であり、さらに成長の過程で空気を浄化するはたらきを持っており、石油に変わる燃料としての切り札になります。
薪ストーブを普及させる事により、薪の原料としての広葉樹の需要が拡大し、戦後一斉に植林され、様々な理由から手入れをされる事無く荒れ果ててしまった里山が、本来の姿に蘇り、森林としての機能が回復すれば、海や河に魚が戻り、山の保水力が向上し水害や渇水といった災害も減少するのです。 |

人の暮らしに安全と便利は必須条件でありますが、それらを追求してきた結果、様々な現象や社会問題が起きて来ています。
古来より日本は「木の文化」であり、また地球上の生物で「火」を使うのは人間だけです。
モノが溢れた豊かさでは無く、心の豊かさに価値を感じて頂き、山々に雑木林が戻り本来の里山が復活するように、微力ながら応援していきたいと想っております。 |